Spring-River

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七分袖

周辺の状況でも語ってみようか。

何の因果か、私はこのジュゲムに居を構えた。パッと見た感じがなかなか重厚だったからだ。何を持って重厚というのかよく分からないが、とにかく重厚な感じがした。今主流のはてなダイアリーでもよかったかもしれないが、あそこは何か軽妙な感じがする。確かに書き込めやすそうだが、きっとそれが悪い方向に災いして軽妙なトークを繰り広げるだろう。それはどうだろうと思った。
そしてこのジュゲムで物を書き始めた所、重厚なのは雰囲気だけではなくサーバーも重いということに気が付いた。気が付くには最早時既に遅しだったが。これまで物を書き始める腰が尋常でなく重かったのはこのことが原因でもある。と、勝手に人の所為にしてみる。
しかし、私はこのジュゲムを捨てて他に移る気にはならない。何故だろうか。
手の掛かる、駄目な子ほど可愛いという。憎さ余って可愛さ百倍ということか。少し違うか。しかし私の性格的に、何か欠ける部分が多い人の方が気になるのだ。


私が高橋を好む理由もその周辺にあるのかもしれない。とすると、私がこのジュゲムを選んで高橋愛について物を書いているというのは一つの運命であろう。よって、ますますこのジュゲムを離れることができなくなった。


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モーニング娘。が久米島にいって楽天球団の選手達の応援をしてきたらしい。しかし、そこに高橋の姿はなかった。(参考記事

そういえば、先日の環境庁からの表彰の時も高橋の姿は無かったらしい。ひょっとしたらインフルエンザにでもかかってしまったのであろうか。これは心配だ。いや、そういう負の想像をしては駄目だ。ここは一つ前向きに考えてみる。もしかしたら新写真集の撮影かもしれない。これは楽しみすぎるではないか。大臣との面会も放って撮影する写真集とは如何ほどの物であろうか。その前に私は早く「わたあめ」を買わなければならないのだが。

高橋と楽天で思い出すのは、あのTHEマンパワーでの野球服を象った衣装である。あの衣装を着た高橋がキャンギャルのようで異常に印象に残っているのだが、あれはあれでいやらしい感じがした。あの七分袖のせいだ。あの中途半端さがエロスを引き起こすのだ。「中途半端とエロス」この事についても後日検証せねばならない。是非とも野球拳を挑んで一枚ずつ脱がしてみたい。申し訳ない。
高橋愛 | permalink | comments(6) | trackbacks(132)

上に下に。

森高千里の「渡良瀬橋」を聴いたことがある者は手を挙げよ。

ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」を聴いたことがある者は手を挙げよ。

遡るチャンスを与えてくれたと、私はそう理解する。


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2日連続更新などいつ以来だろうか。

「娘。ドキュメント2005」にて、飯田圭織にコメントを送る高橋を見た。あれほど凛とした表情、語調で物を喋る高橋を見たのはいつ以来だろうか。初めてか。それとも今まで気づかなかったのか。

その対象が飯田圭織だったということは大きいだろう。

「リーダーといえば飯田さん。自分が入った時にリーダーだったのは飯田さんだったから。」

そうか。5期は中澤裕子の薫陶を受けていないのだ。4期が生まれながらのモーニング娘。であるならば、5期は飯田世代のモーニング娘。なのだ。今まで「過渡期」を体験していなかったメンバーなのだ。

初めて体験する「過渡期」に於いて、変わろうとしている。

亀井絵里が髪を切り、矢口真里が赤く染めたと聞いた。卒業した飯田もあの長い髪を切り落とした。皆、変わろうとしているのか。

高橋も変わろうとしているのか。1月30日前後を皮切りに、高橋の中に僅かながらであるが変化が起ころうとしている、ような気がする。

あの凛とした表情、語調に、私の身が引き締まる思いがした。


それとほぼ同時に、高橋の大ボケぶりも伝え聞いた。大笑いして、先程引き締まった身が一気にとろけ去った。やはり高橋は私の体を上に下に揺さぶって止まない。

この心地よい振動にもう少し身を委ねてみようか。
高橋愛 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

舞姫

月刊ブログとでも言おうか。更新したい時にする。それが長生きの秘訣か。季刊にならないようにだけはする。

実際、1月中は卒論やら試験やらで忙しかったのも事実だ。それでも時はゆっくりになったりはしないし、同じサイクルで回り続ける。追いかけるのが辛い時も、もっと早く回れと願う時もある。それも、「時」。

飯田圭織が卒業した。気づけば高橋も完全に年長メンバーだ。

高橋が飯田が卒業する時に送った言葉、これを聞いて私は身が打ち震える思いがした。ひどく不器用な言葉だった。聞いていた人間がどう思うかわからない。

高橋がどんな気持ちでそれを言ったかなど誰にも分かりはしない。どう思考を捻らせて考えても推測でしかない。だから私は表面的に受け止めることにした。字面を、そのまま。しかしおそらくそれが一番高橋の気持ちに近いのではないか。皮肉など言えない不器用な女だろうからだ。


珍しく、余所様にリンクでも貼ってみる。

正直、可愛いと思ってしまった。

とてもではないが恥ずかしくてトラックバックなど送れやしない。

絵ではないかなどと言わない。絵という物は、自分の気持ちが最も現れる物の一つではないか。可愛く描く、私にはない能力だ。私が最も欲しい能力は「絵心」だ。人間が始めに手に入れた表現方法は、絵であるから。
高橋愛 | permalink | comments(3) | trackbacks(0)

年の初めの高橋とて。

あけましておめでとうございます。何がだ。年が明けて何がめでたいのかお前達そこに一人ずつ並んで言え。一言でも噛んだら一枚脱げ。取りあえず俺はさっき道路で滑って足の指を強打した。さあ飯田から言え。

という暗澹としたムードで始まった2005年最初の更新だが、いつ以来の更新かそれすら忘れてしまうほどのブランクだ。


まず結論から言うと私は紺野あさ美のセンターは認めない。以上。


これで終わろうかとも思ったが、それはあまりにもあんまりなのでもう少し書く。
「認めない」というよりは「しっくり来ない」と言った方が正しいのか。果たして彼女自身、「涙が止まらない放課後」から始まるセンターポジションに納得がいっているのか。いっているなら大問題だ。そして他のメンバーもこの陣形に納得がいっているのか。いっているなら大問題だ。
紺野あさ美センターという陣形は、様々な意味で「問題提議」をする陣形であると思っている。「疑問に思う事」。これが大事なのだ。昨年は安倍なつみの卒業に続き、辻希美・加護亜依というモーニング娘。の両翼をもぎ取るという痛みを伴う構造改革を行った。ここまでの大鉈を振るったのは、「変革」を望んでいるということだ。メンバーの大幅な意識改革を図ろうとした。チーム内での競争が起こる事が、チーム外での競争に勝つ為に必要なのだ。

紺野あさ美のセンターポジションはそう長くないと踏んでいる。それを越える物を発揮する人物にすぐさま移るであろう。今、モーニング娘。のセンターポジションは後漢の献帝の如くたらい回し状態である。次の曲も紺野あさ美がセンターにいたらこれは大事では無いかと思う。これだけやって競争が起こらなくなったら終わりではないか。


そこで高橋である。私はモーニング娘。のセンターは高橋でなければ駄目だと思っている。藤本でも、吉澤でもなく、やはり高橋だ。高橋で勝てなければモーニング娘。の明日は無い。
「涙が止まらない放課後」では高橋は紺野の後塵を拝した。これは、高橋の奮起を期待しての陣形だとも考える。首脳陣も、高橋で勝ちたいのだ。生え抜きドラフト1位の高橋を前面に押し出して戦える姿勢が理想の形であると考えているのだろう。
高橋はここで奮起しなければならない。裏で涙を流すくらいのことをやってもおかしくは無い。そして、目の色を変えて再び戦地に赴くのだ。私は、高橋が一人の戦士の目になって屹立する姿を見たい。そして、その日こそが新たなる出発の日であると確信している。

次の卒業者は高橋ではないかとまことしやかに囁かれているが、とんでもない話だと思う。あの状態で高橋を外に出すのは、裸で雪原に置いてくるようなものである。高橋の裸が見たい事実は全く否定しないが、今外に出すのは明らかに危険である。死んでしまう。

では、どのタイミングで出せばよいか、そんな事は考えない。ともかく今出すべきではない。個人的な願望だが、私は5期メンバーはモーニング娘。が死するその日まで、その城を守り続けて欲しいと願っている。
「モーニング娘。を守る」ことが出来るのは、5期メンバーをおいて他には居ない。そして、その陣頭に立つのは高橋であるべきなのだ。


話が逸れたが、ともかく高橋は目の色を変えて次の曲ではセンターポジションを奪い返しに行って欲しい。しかし今の状況はもう甘やかされない。ライバルも多く、成長してきた。高橋が舎弟としている道重さえも最早ライバルだ。地方出身者同士馴れ合っている場合ではない。実はこの姉妹には私はそこはかとないエロスを感じるのだが、それは本稿とは関係ないのでその考えについてはここでは触れずにおく。

紺野あさ美のセンターを目の当たりにした事で、私は奮起した。納得のいかない陣形ではあるが、その不条理さこそが一つの力を呼び起こす。実際に私にこうやってテキストを打ち込ませている。その力を、高橋も発揮して欲しい。


以上、夜も明けやらぬ正月の夜にこのような文を上げてみた。モーニング娘。に夜明けあれ。高橋愛に夜明けあれ。

本当は今日の日本テレビの番組での高橋の狂気司会ぶりに言及するつもりだったのだが、それは次回に。
日常 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)